家庭教師と一緒に中学受験~合格する秘術~

education Of university

受験の必要性

中学受験は必要なくなった

最近ではネットの普及によっていろいろなことができます。受験をする時もネットでできることができます。今回はネット時代における知のあり方が従来のそれとは変化してきているということを前提に、教育のあり方を根底から見直すことの必要性について、考察したいと思います。まず教育の有り方ですが、明治以降、日本においては「個」というもののあり方が変化しました。西洋的な自我を手に入れることを重視する余り、日本人本来の「個」というものをおかしくしてしまったのだと思います。その失敗例が教育ではないでしょうか。明治以降の教育とは、欧米に追いつき追い越すため、経済成長を第一に考えた教育改革を行ったわけです。公理を機械的に詰め込む形の学習方法です。その名残が今もまだ残っているのです。しかし学問とは、本来は公理の真偽を論理的に問うところから始まるものなのです。すなわちそれは、従来の形を疑うということです。それが根本的に許されないような教育、例えば難関中学受験から東大合格し、それが学問の道だとするような教育方針は、学問的にも自己矛盾を起こしているのです。

人の価値は出身校や学問の有無で決まらない

人の価値とは、出身校や、学問の有無で決まるものではありません。頭の良し悪しや、身分によって決まるものでもないでしょう。それでも社会に生きるということは、そのような差別を目の当たりにするということではないでしょうか。生きるとは、そういうことです。そして、学問の名を振りかざしながら、一方で名門などと謳うようではいけないのではないでしょうか。中学受験も同様で、本来であれば、良質の教育が、私立公立関係なく、平等に受けられるべきなのではないでしょうか。そしてそのような時代はもう身近にあります。今はネットで良質の教育がすぐに手に入ります。そこには灘中学も、開成中学も必要ありません。すぐに、トップレベルの知へとアクセスすることが出来ます。もはや知的な文脈で語る上では、中学受験の意味は希薄になってきてると言えるでしょう。

Copyright© 2015 家庭教師と一緒に中学受験~合格する秘術~ All Rights Reserved.

このエントリーをはてなブックマークに追加